新たな注文通知を受け取り、新一はペダルを強く踏み込んだ。
昨日とは打って変わった晴天の下、フランス料理店でのやり取りも相まって気分は透き通っていた。
だから、なのだろう。
新一の脳裏に、あの──顔の左側を見せないようにしていた──女性の姿が過ぎった。
緩い下り坂、ペダルから足を離す。 心地よい風に前髪をなびかせる新一は、突如呼び起こされた過去を反芻し、心が小雨に佇むような感に打たれた。
どうしてこんなにも引っ掛かるのか……。
疑問は霧のように、脳を支配する。
しかし、あくまで自分は一人の配達人にすぎないのだ。 プライバシーの観点からしても、独善的な考えで首を突っ込むわけにもいくまい。
多分、化粧の途中だったんだろう。
新一はそう結論付けて、視界に目的地を見付けるや再びペダルに足を乗せた。
どこまでも蒼かったはずの空を侵食する、遠方の鈍色にも気付かずに。
筆者 三編柚菜
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◆デリバリー物語《第五話 A》
イタリアン系ファミレス店の品を、閑静な住宅街の一軒家に配達し終わった時だ。
【ここまでのストーリー】
《第一話》(筆者 空志郎)
ピンポーン!こんばんは、ヤマト運輸です。お荷物お届けに参りました。
ピンポーン!ヨドバシドットコムです。
ピンポーン!アマゾンドットコムです。
ピンポーン!ウーバーイーツです。
ピンポーン!出前館です。
このタワーマンションはいつもこの時間、入口が混雑する。せっかく早く着いてもなかなか順番が回ってこない。
・・・・そしてようやくボクの番。ピンポーン!こんばんは、ウーバーイーツです。テイクアウトの品をお届けに参りました。・・・・「ありがとうございました」「またよろしくお願いします」。
今日のお客はラッキーだった。この分なら今回も高評価は間違いなし。うまく行けば高いチップもゲットできるかもしれない。でも今日の奥さんは少し様子が暗かった。顔の左側を見せないようにしてた感じもした。どうしたんだろう?ふと新一の頭をよぎったが、今日は時間がまだ早いので、新一は気にせずもう1件デリバリーをこなそうと決めた。
外に出ると、雨が降り始めていた。雨雲レーダーをチェックすると、雨雲は小さいが、断続的にやってくる予報だった。今日はもう店じまいにしよう。新一は自宅に帰ろうと決めた。
《第二話 A》(筆者 空志郎)
(別の日)
今日はどんな人に会えるのか。
新一はこの仕事をはじめて3か月になるが、人の生活の一部が垣間見れるこの配達の仕事が密かな楽しみになっていた。
コロナ禍でオンラインでやり取りすることが増え、めっきり他人と会わなくなったことも影響している。
以前はスポーツジムに時々通っていたが、今は密になり行けなくなったので、
もともとは体力づくりと新しいことをはじめる少しの好奇心が目的だった。
それが今は人間観察が第一目的になっていた。
お仕事開始。配達アプリをオンにすると、早速、近くのフランス料理店の注文通知が来た。店に行くと、料理は2人分、ワインも一緒に頼んでいる。ウーバーバッグに料理を詰め込み、新一は店を出発した。
《第三話 A》 (筆者 空志郎)
配達先に着きインターホンを押すと、中から品のある小綺麗な年配女性が出てきた。
いつものように軽い笑顔で事務的に注文の料理を渡そうとしたが、女性は少し人と話しがしたかったらしい。
「ここのフランス料理、本当に美味しいんですよ。お肉も柔らかくて、ソースも何度でも食べたくなる病み付きになるお味なの」
「ありがとうございます」
「3年前の金婚式の記念日に主人に連れてってもらったんだけど。。そのあと主人は脳卒中で車椅子になり、外出したがらなくなっちゃったからもう行けないなと諦めてたんだけど、この前、娘からこのフランス料理屋さんがデリバリー可能になったと聞いてね。。本当にありがとう。配達ご苦労様です」。年配女性は配達員に深く感謝した。
女性は新一をフランス料理店側の人間と少し混同している感じだった。ただ、新一は自分が料理したわけではないのに、ほっこりした温かい気持ちになった。便利の一端を担うだけと思っていたが、人のためにもなってるのだと感じた瞬間だった。
《第四話 A》 (筆者 三編柚菜)
新たな注文通知を受け取り、新一はペダルを強く踏み込んだ。
昨日とは打って変わった晴天の下、フランス料理店でのやり取りも相まって気分は透き通っていた。
だから、なのだろう。
新一の脳裏に、あの──顔の左側を見せないようにしていた──女性の姿が過ぎった。
緩い下り坂、ペダルから足を離す。 心地よい風に前髪をなびかせる新一は、突如呼び起こされた過去を反芻し、心が小雨に佇むような感に打たれた。
どうしてこんなにも引っ掛かるのか……。
疑問は霧のように、脳を支配する。
しかし、あくまで自分は一人の配達人にすぎないのだ。 プライバシーの観点からしても、独善的な考えで首を突っ込むわけにもいくまい。
多分、化粧の途中だったんだろう。
新一はそう結論付けて、視界に目的地を見付けるや再びペダルに足を乗せた。
どこまでも蒼かったはずの空を侵食する、遠方の鈍色にも気付かずに。
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