デリバリー物語《第11話 A》
「離れてよっ!!」
そう言うと雫は僕を突き飛ばす。
「おいっ!何やってんだよ!!てか、僕はちゃんと雫との結婚考えてるし……今だって同棲続けてるじゃないか。この形は二人で話し合った結果だろ!」
近寄れば今にも盥の熱湯を被りそうな彼女に向かい、何とか落ち着いてもらえるよう話しかける。勿論、言っていることは本心だ。
……いや、本心か?
「嘘。本当はカエデさんの方がいいんでしょ。」
カエデ……塚本楓。
今の会社の3つ年上の上司だ。
彼女には……雫に対する愚痴めいた事を聞いてもらっていたんだった。
「彼女はただの上司だよ。」
「……ふっ、はっ!」
「!?」
「はっはははははは!!ただの上司に私の為に買った指輪プレゼントしたの?笑えるわ!!」
そうだ……僕は……
『そんな彼女捨てちゃいなって! ねえ、私はどうよ?』
あの日、塚本さんの家を訪ねて……
(ピンポーン)
『はーい。』
『こんにちは。塚本楓さんへ、お届けものにあがりました!』
……その日はそのまま一夜を共にしたのだ。
「全部調べあげたんだから言い逃れできないわよ?」
そう言い徐ろに立ち上がりかけた彼女だが、あろう事かワンピースの裾を踏んづけて体勢を崩す。
「わっ、きゃああ!!」
手をつこうとしたのは運悪く盥の端で、バシャア、という音と共に熱湯が彼女の顔の左側を舐めていったのだった。
筆者 物部木絹子
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