デリバリー物語《第十話 A》

その日もやはり雫が泊まりにきていた。このところの彼女はメンヘラ……と言えば聞こえが悪いが、正直ちょっと変になっていて、訳もないのに急に泣き出したり執拗に僕の行動を把握したがったりで手を焼いていた。かと言って簡単に別れを切り出すには難しい情も積み重なっていた為ズルズルと関係が続いていた感じだった。
 その日の深夜2時頃だ。キッチンの方で雫が明かりを点けて何やらごぞごぞやっている物音で否が応でも目が覚めた。
「……おい、雫? 何やってんだ?」
「……」
動物本能的な、嫌な予感が背筋を伝う。
「ねえ。」
そう呟き、こちらに背を向け床に座っていた彼女がゆっくり半回転する。同時に自分の前に置いていた盥(たらい)のような物も動かした。
「私のせいなんだよね。私が悪いから、ちゃんと同棲さえもしてくれないんでしょ? 私の前世が殺人鬼だから。」
「……は?」
ふざけているのかと思いたかったが、鬼気迫る表情と喋り方がそれを許さない。
「占いでそう言われたの。
確かに私なんかダメダメだよ? ……ねえ、でも嫌だ……お願いだから一人にしないで!」
「さっきから何言って!?」
彼女の方に歩み寄り、盥が邪魔で移動させようと思った時だ。
「あつっ!」
指先に少し触れてしまい気づく。中には並々と熱湯が張られていた。

筆者 物部木絹子


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デリバリー物語《第十話 A》 - 百人小説

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