デリバリー物語《第八話 A》

頭の痛みに悶える中も女はまだ何かしゃべり続けているが、どうやら新一は聞くどころではない様子だ。
「お前は……雫(しずく)? いや、まさか! だって雫は確かに……!」
 次第に新一を襲うものは痛みから胸の苦しさに変わっていった。
 思い出したのだ。
 胸を押さえ、何とか立てた自転車を支えに身を縮こまらせる。

「ちょっと、君、大丈夫ですか?」
パトロール中らしい巡査が声をかけてきた。
「……あっ、はい、ちょっと苦しくなって休んでただけなんで。もう……大丈夫です。」
巡査は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、怪し気な物も持っていないし、平静を装う新一は実際大丈夫そうに見えた為、深入りする事なく「滑らないよう気をつけて」とだけ告げパトカーを走らせて行った。
 新一は一先ず家に戻ることにした。
 途中、携帯が鳴る。Uber eats本社から【悪質な嫌がらせに対する注意勧告】といった旨のメッセージだったが、今は無視だ。
戻るや否や疲労が決壊する。気が緩んだのか、新一の目からは堰を切ったように涙が溢れ出した。
……雫は、婚約までした新一の恋人だった。
2人は同棲していた。仲も良かった。毎日が幸せだった。あの事件が起こるまでは。

――一方少し前、新一が宅配に行った高級タワーマンションの一室……
「ねえ、あなた。ホントにラーメン頼んだんじゃないの!?」
小太りで厚化粧、短髪にパーマをかけた中年の夫人がやや怒りを孕んだ声で問いただす。
「はあ? ラーメンなんてわざわざ頼むわけないだろ。しかも家に! というかいきなり何なんだ。」
夫と思われる、高身長ながらも適度に腹周りに脂の乗った、白髪まじりの初老の男もやや喧嘩腰に問い返す。
「それが、この1000円札が一緒に置かれてたのよ!! 気味悪いったらありゃあしない! ウーバーイーツって書いてるわね……店員の悪戯だか何だか知らないけど、ちょっと今から文句言ってやろうと思ってたのよ!」
「……それは気持ち悪いな。人様をそんなに金に苦労してるとでも思ってふざけてやがるのか!? ああ、腹が立つ奴だな。会社にビシっと言ってやれ!」


筆者 物部木絹子


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デリバリー物語《第八話 A》 - 百人小説

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